話者:ビジネスエンジニアリング株式会社
プロダクト事業本部
商品開発本部 商品開発4部
野原 章平
企業経営におけるDXの重要性が叫ばれる中、財務・会計領域における業務革新も加速しています。多くの企業がデータドリブン経営への転換を図る現在、会計データの効率的な活用と高度な分析が求められるようになりました。
ビジネスエンジニアリング株式会社(以下、B-EN-G)が提供するクラウド型会計・ERPシステム「GLASIAOUS(グラシアス)」は、生成AI技術を取り入れ、会計業務の効率化と高度化に取り組んでいます。今回は、その開発を牽引するエンジニアの野原氏に、生成AI活用の最前線と今後の展望についてお話を伺いました。
生成AI機能の実装—プロトタイプから製品化までの道のり
B-EN-GでGLASIAOUSの開発に携わる野原氏が生成AIと関わり始めたのは約2年前。技術調査の一環として生成AIの可能性を探る役割を担当されました。
「最初は懐疑的でした」と野原氏は当時を振り返ります。「生成AIというと万能の技術のように語られることもありますが、実際にビジネス現場で役立つのか、疑問がありました。しかし実際に使ってみると、その可能性に驚きました」
調査段階を経て、野原氏が注目したのはマニュアル検索機能への応用でした。野原氏が所属する部門には「10%プロジェクト」という開発者が自由なテーマで研究開発に取り組める制度があり、その枠組みを活用して生成AIを使ったマニュアル検索チャットボットのプロトタイプ開発に着手しました。
「開発にあたり、GLASIAOUSのマニュアル作成を担当していた経験が大いに役立ちました。これまでの経験から、ユーザーがどんな質問をしてくるか、どのドキュメントが参照されるべきかの知識があったので、AIに適切な前提情報を与えることができました」
このプロトタイプは社内で高い評価を得て、わずか2~3ヶ月で製品機能「GLASIAOUS Copilot」として正式採用されました。その後も機能改善を重ね、現在では多くのユーザーに活用されています。
野原氏は成功の要因を「製品知識と技術知識の両立」だと指摘します。「生成AIを業務システムに実装する際、単にAPIを呼び出すだけでは十分ではありません。業務の文脈を理解し、適切な情報をAIに提供することが重要です」
AIとOCRを融合した機能の開発—生成AIによる多言語対応の実現
「GLASIAOUS Copilot」に続いて野原氏が取り組まれたのが、請求書を読み取るAIとOCRを組み合わせた機能の開発です。GLASIAOUSユーザーから長年要望のあったOCR機能でしたが、既存の技術ではコスト面や、多言語対応などの課題がありました。
「GLASIAOUSは日本だけでなく、タイやベトナムなど海外でも利用されています。請求書の自動処理では、画像からテキストを抽出するだけでなく、日付や金額、明細といった情報のラベリングが重要です。特に難しいのは、各国特有のルールへの対応です。例えばタイでは独自の仏暦を使用しており、西暦と543年の差があります。こうした複雑さも、生成AIの言語処理能力を活用することで効率的に対応できるようになりました」
もちろん、この機能の開発においても、会計業務やGLASIAOUSへの深い理解が鍵となりました。「請求書のどの情報が会計処理に必要か、取引先マスターデータとどう連携させるかといった知識がないと、単に文字を読み取るだけのシステムになってしまいます」と野原氏は語ります。
データに基づく継続的な機能改善
GLASIAOUSのAI機能は、リリース後も継続的な改善が行われています。特に野原氏が重視しているのは、データに基づく検証と改善のサイクルです。
「AIが生成した回答の精度や利用状況をデータで確認し、改善点を見つけています。AI機能の開発は、リリースして終わりではなく、継続的な改善が必須です」
初期の課題として直面したのは、システム固有の専門用語への対応でした。「生成AIはウェブ上の一般的な情報に強い反面、GLASIAOUSの専門用語や機能名などシステム独自の情報には弱い部分がありました。その解決策として導入したのが『ハイブリッド検索』と呼ばれる方法です。生成AIと全文検索を組み合わせることで、専門用語を含む質問にも的確に回答できるようになりました」この機能改善のリリース後、GLASIAOUS Copilot機能の利用件数は2倍ほど増加したとのことです。
野原氏自身の開発アプローチも、生成AIによって大きく変化しているといいます。「以前は検索した情報から、手掛かりを得て、コーディングしていましたが、今は生成AIに質問して、ほぼそのまま使えるコードを生成してもらうこともあります。それにより、開発スピードは格段に向上し、より複雑な機能も短期間で実装できるようになりました。生成AIに『これで合っていますか』と確認しながら進められるので、開発アプローチが根本的に変わりました。開発においても、AIを活用し、コストが低く効果が高い方法を選択するのも重要です」
しかし、野原氏は「AIだけでは完結しない」ことも強調します。
「AIが良いコードを生成しても、それが実際にシステムに適合するか、パフォーマンスや保守性に問題はないかを判断するのは人間です。エンジニアの役割は変化しても、その重要性は変わりません」
未来の会計システム—「財務戦略支援機能」への挑戦
現在、野原氏が取り組んでいるのは「財務戦略支援機能」の開発です。これは単なる会計処理の自動化を超えて、経営判断に資する情報を提供する機能となります。
「現在のチャットボットは一問一答のやりとりに強い一方、ERPシステム全体を横断した分析や、コンサルティング的なアドバイスはまだ難しい状況です。財務戦略支援機能は、例えば原価率の悪化や回収期間の延長といった財務上の警告サインをAIが自動検出し、『このプロジェクトは継続すべきか』といった判断材料を提供することを目指しています」
この実現には、単なる質問応答を超えた深い学習が必要だといいます。「GLASIAOUSの製品知識、データベース構造、API仕様まで網羅したAIモデルの開発も検討しています」
さらに、将来的には、監査支援や法令対応など、より専門性の高い領域でのAI活用も視野に入れています。「最終判断は人間が行うとしても、AIが『気づき』を提供することで、判断の質とスピードを大きく向上させられると考えています」
技術と業務知識の融合—これからのエンジニア像
GLASIAOUSのAI機能開発事例は、生成AI時代のシステム開発において、技術と業務知識の融合がますます重要になることを示唆しています。野原氏はこれからのエンジニアに必要な素養についてこう語ります。
「AIがあれば誰でも開発できるというのは誤解です。むしろ、製品の中身を深く理解し、AIにどのような情報を渡せば適切な結果が得られるかを設計できる人材が求められています」
また、AI活用においては「何を聞くか、どう聞くか」が重要だと野原氏は指摘します。「人間のように行間を読むことはできないので、前提を整理して与える必要があります。その設計ができるかどうかが、使えるAIかどうかを分けるポイントです」
おわりに—AIと人間のシナジーがもたらす業務変革—技術と専門性の最適な融合
GLASIAOUSは、生成AIを取り入れることで、会計業務のDXを推進しています。その特徴は、技術の導入自体が目的ではなく、ユーザーの課題解決を第一に考える姿勢にあります。
「AIはツールであり、目的ではありません。会計業務の効率化と高度化という本質的な課題に向き合い、最適な技術を選択することが重要です」と野原氏は強調します。
生成AI技術の進化は、今後も加速すると予想されています。B-EN-Gは最先端技術の波に積極的に乗りながらも、「人間の判断や専門性を大切にするバランス」を重視したアプローチを貫いています。技術と業務知識を融合させ、お客様の本質的な課題解決に貢献する——それこそがGLASIAOUS、そしてB-EN-Gが提供するDXの価値と考えています。