仕事はもちろん、プライベートにおいても大きな環境の変化が伴う「海外赴任」。いざ赴任となると新しい業務や人間関係、文化の違いなど、不安やストレスを感じることも。今回は、ビジネスエンジニアリング(B-EN-G)グループで、中国、インドネシアと長期にわたり海外赴任を経験した佐々木氏とインドネシアに赴任してまだ日の浅い千田氏が、赴任前の準備から現地での心得、家族帯同での海外生活について語り合った。
意思決定の量は日本の3倍?大変な反面、やりがいも
――まず、お二人の業務内容について教えてください。
佐々木 淳氏(以下、佐々木氏): 2010年に上海に渡って、B-EN-G上海の営業責任者を約8年間務めました。その後、2019年にジャカルタに異動し、B-EN-Gインドネシアの代表として赴任しました。2023年7月に日本に戻ってきて、現在は本社の海外営業部で部長を務めています。
千田 祐資氏(以下、千田氏):佐々木さんとはB-EN-Gの同期入社です。2012年頃から、海外の日系企業向けに出張ベースでシステムを導入する仕事にずっと携わっていました。縁あって佐々木さんの後任となり、B-EN-Gインドネシアの代表として昨年(2023年)夏に赴任しました。
――海外赴任を経験されたお二人にビジネス面から伺いたいのですが、日本本社と海外現地法人の仕事内容や働き方にはどんな違いがありますか?
佐々木氏:まず会社規模が違います。B-EN-Gの場合、日本本社は500人を超える社員がいますが、中国法人は40人、インドネシアは20人です。日本本社では、業務内容や役割に応じて部署が分かれていて、自分の部署や担当の範囲を超えて仕事をすることは少ないです。
一方、現地法人では、担当する業務の幅と責任の範囲が大きく広がります。本社を代表して現地に赴任するわけですから、「現地社員ができない仕事は、自分がなんとかする」という責任感の中で、自ずと業務領域が広がり、いろいろな経験を重ねることができます。法人代表を務めていた時は特に、「現地スタッフの生活を背負っている」という感覚が強く、責任の大きさを日々感じながら働いていました。
千田氏:私は日本で20年ぐらい働いてから海外に出たので、佐々木さんのお話は今、身をもって実感しています。特に、日々の意思決定の量が日本で勤めていた時の比ではなく、体感としては3倍くらいあります。B-EN-Gインドネシアは会社として成長段階にあるので、ビジネスのスピード感が重要です。自分が判断しなければ仕事が止まってしまうので、速く正確に意思決定をしなければいけません。
大変ではありますが、やりがいを感じています。例えば、昇給や採用においてもこちらでは私の判断で決めます。すでに何名か採用しましたが、会社の風土やメンバーとの相性を重視して採用しています。
B-EN-Gインドネシアの集合写真
佐々木氏:海外赴任の経験は、ビジネスパーソンにとっての「修行期間」のような意味合いがあると思うんです。
千田氏:分かります。少年漫画の主人公が修行を経て強くなる、あの感じですよね。とても前向きな意味で。
佐々木氏:そうです。これからのキャリアを作っていく上で武器となる、いろいろな経験が駐在員としての業務の中に詰まっていて、そういう意味でも修行のような期間と言えます。任期中は大変だし、無我夢中であっという間に過ぎてしまうのですが、あとで振り返ると「頑張ってやり切ったな」と誇れる、価値のある時間になると思います。
重要な場面では言葉だけでなく、目でも会話を
――「修行」という言葉からは辛そうなイメージも連想しますが、お二人とも前向きに捉えてやりがいを感じているのですね。千田さんは佐々木さんからの引き継ぎで印象に残ったアドバイスはありますか?
千田氏:「大事なことは、目を見て伝える」ということです。B-EN-Gインドネシアの社内言語は英語です。お互いが第二言語でのコミュニケーションになるため、相手や自分がどう思っているかを言葉だけで伝えたり、汲み取ったりすることは難しいです。当たり前のことのように思えるかもしれませんが、目を見て、相手の感情や考えを読み取ることで、すれ違いを防ぐことができるというアドバイスをもらいました。日々実践しています。
佐々木氏:確かに、引き継ぎ事項の一つとして伝えましたね。千田さんが熱心にメモを取っていたことも覚えています。私自身は、昇給やボーナスを伝える時に特に意識していたことでもあります。会社の業績に対して、個々の社員の努力や成果があり、法人代表として悩みに悩んで最善だと思った結果を伝えるわけですが、相手にとって満足のいかない条件を伝えなければいけない場合もあります。どうしてこの評価になったのかを目を見て伝え、相手がどう受け止めたかを判断していました。
相互理解は社内イベントで深める
――日本人同士でも「目を見て話す」ことは大事ですが、外国人との会話ではより大切なことですね。現地で採用した社員とのチームビルディングの観点で大事にしていることはありますか?
佐々木氏:東南アジアでは社員旅行を行う会社が多いのですが、B-EN-Gインドネシアも年に1回実施していて毎年かなり盛り上がります。道中のバスの中では、いつの間にかカラオケ大会が始まりますし、レクリエーションのチーム対抗戦も真剣勝負です。「この人は意外とリーダー気質だな」とか、オフィスでは見ることのできない一面が発見できたりして、社員に対する理解も深まります。
千田氏:昨年は新たに6人が入社したのですが、私も含め社員旅行を通じて社員同士の距離がグッと縮まったのを実感しました。2日間という限られた時間でしたが、チームビルディングとして有効でした。また、準備段階においても良い部分がありました。新メンバーの中の新卒社員に、社員旅行の企画を担当してもらいました。先輩社員と一緒に企画をする中で距離を縮めながら、仕事にも必要な調整業務や段取りなどを覚えてもらう良いきっかけになったと思います。
B-EN-Gインドネシアの食事会の様子
家庭は日々の話し合いが大切。会社は時代に合った制度で後押しを
――ここからは、ご家族についてもお聞かせください。お二人とも家族帯同で海外赴任をされたと伺いましたが、ご家族でどのような話し合いをして赴任を決めましたか?
佐々木氏:私自身、いつかは海外で働きたいと思っていたので、その思いは妻にも伝えていました。妻も海外生活についてポジティブな意見だったので、日頃から海外での生活をイメージした話をしていました。上海赴任の話が出た時は、子どもがまだ0歳だったこともあり、少し不安もあったのですが、妻が快く後押ししてくれて決断することができました。海外赴任を希望している方やその可能性のある方は、単身赴任するにしても家族帯同にするにしても、日頃から家族で話し合っておくと良いと思います。
千田氏:共働きの世帯が増えている中で、家族帯同の決断をしにくくなっている家庭も多いと思います。我が家の場合、妻が復職を考えているタイミングと重なってしまったのですが、キャリアが途切れても復職しやすい職種だったこともあって、帯同の決断をしてくれました。会社員同士の場合、その意思決定はより慎重にならざるを得ないと思いますから、佐々木さんの言うように、日頃から話し合っておくのは重要ですね。
佐々木氏:最近、海外赴任をしたがらない若手社員が増えていると聞きますが、「配偶者のキャリアを考えて」という背景はあると思います。これからの時代、奥さんの赴任に夫が付いていくというケースがあっても良いと思いますし、あらゆる働き方を想定した制度を会社が用意してあげることが求められていますね。
千田氏:確かにそれは大事なポイントですね。赴任のハードルが高いなら、まずは長期出張から始めてもらうとか、出張制度を充実させても良いですね。海外の人とコラボレーションするという経験は何ものにも代え難いですし、間違いなく自分の世界が広がります。そのきっかけ作りや、決断を後押しする制度設計が会社には必要です。B-EN-Gでは、配偶者が帯同してくれる場合に手当てが支給される、「家族帯同手当」という制度があり、ありがたかったです。
現地の情報収集はツールやSNSを駆使すべし
――多様な働き方が尊重される中で、駐在員本人だけでなく家族にも配慮した制度設計が求められますね。住居選びをはじめ現地事情の情報収集などはどうされましたか?
佐々木氏:これについては千田さんの事前リサーチが凄かったです。
千田氏:子どもが当時3歳だったこともあり周辺の治安や衛生面について、細心の注意を払いました。物件情報は、不動産会社のホームページなどからある程度確認ができるのですが、なかなか周囲の生活環境までは分からないんですよね。
そこで、Googleマップのストリートビュー機能を活用しました。周辺の情景や状況を確認することができるので、「ここのマンションは綺麗だけど、周りの道が暗そう」など目星をつけてから、現地に行きました。家探しの事前出張の際には、GoProを持参して物件の様子を全部録画して、帰国してから妻と一緒に見て決めました。
佐々木氏:GoProを持っていくのはさすがでしたね。私も次また赴任することがあれば真似しようと思います。最近はSNSの普及で、現地情報を発信する日本人のアカウントが増えています。駐在員や、その奥様が運営しているアカウントもあり、特にインスタグラムを活用している方が多いようです。赴任予定の人がSNSを使って情報収集をして、日本からダイレクトメッセージを送って質問したりすることもあります。
千田氏:こうしたネットやSNSの活用は、これからの海外赴任者と家族に必要なスキルと言えるかもしれませんね。うちの妻もインスタグラムで情報収集をしていて、仲良くなった人とインドネシアで実際に会ったりもしています。
――SNSの活用は現代ならではですね。お子様の学校についてはどうされましたか?
佐々木氏:学校選びについては、家探し以上に慎重になる方が多いかもしれません。日本人学校やインターナショナルスクールなどの選択肢があり、事前に情報収集もできますが、実際に現地で見学会や説明会に参加するのが良いと思います。我が家もそこは結構労力をかけましたね。
千田氏:先生の雰囲気や生徒の様子などは見てみないと分からないですよね。うちはまだプレスクール(未就学児を対象とする幼稚園・保育園に相当)ですが、やはり妻と子どもが何校か見学してから決めました。日本人学校にするのかインターナショナルスクールにするのかという悩ましい問題もありますよね。佐々木さんのお子さんは中国もインドネシアもインターナショナルスクールでしたよね。今後の参考として私からもぜひ聞いておきたいのですが、佐々木家ではどうやって決めましたか?
佐々木氏:そうですね。うちは妻と話し合うなかで、お金がかかってもインターナショナルスクールにするという方針を決めました。せっかく家族で海外生活をするので、子どもにはストレスなく英語を習得できる環境を与えたかったからです。
千田氏:英語の学習環境という点は、インターナショナルスクールに通わせる魅力の一つですよね。逆に日本語の上達に不安はなかったですか?
佐々木氏:うちは当時まだ0歳だったので、結構ありました。上海にはインターナショナルスクール生を対象とした日本語の補習校というのがあり、週末に通わせたりしていました。今14歳になりましたが、日本語も問題ないですし、子どもの友達が家に遊びに来ると「恥ずかしいからパパは英語で話さないで」と言うくらいには英語が上達しているので、良かったなと思っています(苦笑)。
千田氏:私も先日4歳の子どもに英語の発音を注意されました(笑)。子どもが一番適応力がありますね。こちらの生活を全力で楽しんでいます。唯一申し訳ないと思うのは、日本のようにふらっと近所の公園で遊ばせることができないことですね。その他は、友達、環境、言語など大丈夫そうですし、生活の中で多様な視点を育んでくれているのも海外ならではの良い点ですね。
――家族で生活する上では、医療環境も気になるところかと思いますが、病院などで困ったことはありますか?
千田氏:ちょうど先日、子どもが40度の熱を出して1週間くらい入院したことがありました。親としてはすごく心配になりましたが、通訳を依頼できるので助かりました。また、Google翻訳という素晴らしいツールがありますから、通訳が対応できない時間でも病院側と対話ができたと妻から聞きました。
佐々木氏:常用している薬がある方は、日本で多めに処方してもらったり、代替の薬含めて英語名を確認しておくと良いでしょう。また、歯科治療は海外保険の対象外なので、歯医者は一時帰国の際に行くという方が多いですね。
価値観を押し付けず「おおらかに」
――最後に海外に赴任したばかりの方や、これから海外赴任する方へアドバイスがあればお願いします。
佐々木氏:これまでお会いした駐在員の中で、上手にマネジメントされている方を自分なりに分析したのですが、現地の方に対してリスペクトがある人はうまくいく傾向があるように思います。私自身も最初はそうでしたが、ついつい日本的な価値観や働き方を現地の方たちにも求めたくなるんですよね。例えば、少し昭和的ですが「仕事第一」のような価値観は、中国でもインドネシアでも当てはまらないんです。
現地の方たちにとっての一番は会社でも仕事でもなく、家族なのです。日本人も家族は大事ですが、感覚が違う。そのことを理解できた時に、本当の意味で相手の価値観をリスペクトできるようになったというか、理解が深まった実感がありましたね。
千田氏:インドネシア人の家族を大切にする気持ちは、お客様に対しても持つようで、姿勢に出るんですよね。「それって契約の範囲外だからそこまでする必要ないんじゃない?」ということでも、献身的にお客様に向き合うんです。日本だったら「そこまでしなくていい」とか指導してしまうんですけど、許容できる範囲までは彼らのやり方を尊重したいです。日本によくある「べき思考」みたいなものは、日本に置いてきたほうが結果的に自分のストレスも減ると思います。
佐々木氏:社員たちも駐在員がリスペクトできる存在かどうかを見ています。必要以上に怒ったり、イライラしているとリスペクトは得られにくいので、おおらかな気持ちで接することも大事ですね。私は少し大袈裟なくらい、笑顔で話を聞くことを心がけていました。
千田氏:おおらかな気持ちは大切ですね。デモで道路が封鎖されて重要なアポイントに行けなくなるとか、自分ではどうしようもできないことも起こりますから。こうした時に冷静に状況を受け入れて、臨機応変に対応することが大事です。
佐々木氏:先ほど海外赴任は「修行期間」だと言いましたが、駐在員本人だけではなく帯同する配偶者や子どもも同じで、家族全員が成長して絆を深めることができる期間でもあります。
千田氏:家族みんなで成長するという視点はいいですね。そう思うとより一層、こちらでの日々を大切にできそうです。今のところ我が家では子供が一番成長していそうなので、私も負けないように頑張りたいと思います。
(文・共同通信デジタル)
※本記事は2024年2月現在の内容です。