羽田雅一の「One&Only」探訪記

バイオファーマ時代に向けてラボを変革 技術トレンドと規制強化に即応する

2025.09.30

対談
#パートナーエコシステム #ライフサイエンス

ヘルスケアの未来を共に創る
ライセンサーが考えるライフサイエンスの未来

 第1回 日本ウォーターズ株式会社

液体クロマトグラフィーや質量分析といった研究室(ラボ)向けの機器ならびにソフトウェアの分野で確固たる存在感を示す日本ウォーターズ。国内展開の指揮を執るトップは、ライフサイエンスの未来をどう捉え、独自の価値をどう提供しようと考えているのだろうか。ラボ管理システム「NuGenesis」のパートナーとして導入実績を積んでいるビジネスエンジニアリングの羽田雅一と宮澤由美子が日本ウォーターズ代表取締役社長の三宅 武則氏を表敬訪問し、議論を交わした。(文中敬称略)

(写真右)日本ウォーターズ株式会社 代表取締役社長 三宅 武則 氏
(写真左)ビジネスエンジニアリング株式会社 代表取締役社長 羽田 雅一
(写真中央)ビジネスエンジニアリング株式会社 取締役 ソリューション事業本部 副事業本部長 宮澤 由美子


医療技術の著しい進化で競争や規制が激しくなっているライフサイエンス産業。その多岐にわたる課題の解決に長きにわたって実直に向き合ってきたのがビジネスエンジニアリング(B-EN-G)だ。医薬品や医療機器のサプライチェーンマネジメント、生産管理、品質管理、物流管理のみならず、製造装置・分析装置・物流装置と連携した製造管理・品質管理における最適化、合理化、法規制対応などで多くの実績と知見を積んできた。

さらに昨今は、従来の製造プロセスや管理手法の延長線上ではない、抜本的な変革が必要ともされている。あるべき姿を探る上で欠かせないことの一つは、最前線に関わる人々の声に耳を傾けること。B-EN-Gの社長である羽田雅一は協業企業や顧客企業を自ら訪ね、問題意識を共有したり持論を交わしたりすることに余念がない。常に意識しているのは「ヘルスケアの未来の共創」である。

今回、取締役の宮澤由美子と共に向かったのが日本ウォーターズだ。液体クロマトグラフィーや質量分析といった研究室(ラボ)向けの機器ならびにソフトウェアの分野で国内市場を牽引しており、B-EN-Gはラボ管理システム「NuGenesis」のパートナーとして、2011年から導入支援に携わってきた経緯がある。日本ウォーターズで社長を務める三宅武則氏は事業の実情や展望をどう捉えているのだろうか──。

自ら生み出した仕事は時代が変わっても適合できる

羽田:日本ウォーターズさんが手掛ける事業領域は、一般には馴染みが薄いかもしれません。まずは、米国本社も含めて、どんなビジネスを展開しているのかを説明いただけますか。

三宅:医薬や化学、環境などの分野では、品質保証や特性評価といった目的で様々な分析が行われています。中でも、複数の成分からなる混合物から特定のものを分離したうえで、それが何であり、どれくらいの量が含まれているかを調べる「分離分析」は全ての基礎でありながら、とても重要な手法です。物質の疎水性、大きさ、電荷などの違いを利用して成分ごとに分離した上で分析を行うクロマトグラフィーは、その中でも広く知られています。
 米マサチューセッツ州ミルフォードに本社を置くWaters Corporationは、1958年の設立以来、液体を対象としたクロマトグラフィー装置に軸足を置いて地歩を築いてきました。新技術の研究開発にも貪欲に取り組み、質量分析計にも事業の幅を広げています。全世界での従業員は約7600人で、売上は30億ドルの規模に成長しました。

液体クロマトグラフィーと質量分析に特化

羽田:研究室(ラボ)や、工場での品質管理で使われる検査機器という広い見方をすると、電子顕微鏡やNIR(近赤外線)、ラマン分光など多種多様です。それらを取り揃えて手広くやっていくのも一考かと思いますが、貴社はむしろ絞り込んでいるようですね。

三宅:はい。市場調査レポートを見ると、ラボ用機器の市場で最もシェアが高いのが液体クロマトグラフィーで、それに次ぐのが質量分析です。つまり私どもは、上位2つの領域にフォーカスしてビジネスを展開しています。

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 PFAS(有機フッ素化合物)やニトロソアミンなど、発がん性を指摘される化学物質の問題がメディアでたびたび取り上げられているのをご存じの方もいることでしょう。いずれも、各種の分析技術が進化することによって初めて分かってきたことではありますが、健康や環境に悪影響を及ぼすとなると規制も厳しくなりますし、製薬はじめ様々な業界において検査や記録をより厳密にしようとの動きが加速します。
 そうしたトレンドによって今後も根強い需要が見込まれる中、いたずらに取り扱い機器を増やすのではなく、メインストリームである液体クロマトグラフィーと質量分析で「狭く、深く」を追求し、お客さまの様々な要求に応えていくのが当面の戦略です。その一環として、2つの領域での実務を支援するソフトウェアにも注力しているところです。

羽田:これまでメインターゲットとしていた製薬メーカーのみならず、化学品やトイレタリー、化粧品などのメーカーにも市場が広がっていく可能性があるわけですね。ところで日本国内については、いつごろから事業を始めていたのでしょうか。

三宅:Waters Corporationの日本法人である日本ウォーターズの設立は1973年で、すでに半世紀以上の歴史があります。その間、製薬メーカーを中心に地道に市場を開拓してきたこともあって、ラボで働いている方からの認知度は高いと思います。
 国別の売上で見ると、米国、中国、インドに次いで日本は4番め。割合としても6〜7%ありますから、米国本社からも重要な市場と認識されています。

ラボ管理システム「NuGenesis」が堅調

羽田:B-EN-Gは、製造業を中心にERPシステムをはじめ各種の業務システムの導入を手掛けています。中でも、ヘルスケアやライフサイエンス領域のお客さまとは深い関係を築いており、製造管理、品質管理の規制対応に取り組んできました。その一環として、医薬品製造業のお客さまの試験データとプロセスの管理のために貴社のソフトウエアの取り扱うことになりました。

三宅:精緻な分析を直接的に担うハードウェアとしての装置はもちろん重要ですが、そこで測定されたデータや一連の業務フローをきちんと管理する仕組みの重要性が増しており、それを具現化するのがソフトウェアです。当社では、クロマトグラフィーの機器制御やデータ取得、レポーティングなどを担う「Empower」や、もっと枠を広げてラボ全体をデジタルで支援し、品質試験に関わる業務を合理化したりコンプライアンス要件を満たしたりするラボ管理システム「NuGenesis」などを市場展開しています。

宮澤:先に羽田が「貴社のソフトウェア」と言ったのは、まさにこのNuGenesisのことで、私どもは2011年以来、パートナーとして導入を支援しており、実績も着々と増えています。

三宅:実は日本は他国に比較してNuGenesisのビジネスが堅調に伸びています。世界でのインストール数が約950という中で、日本は既に100に達しています。米国本社をはじめ各エリアの幹部から「何故なんだ?」と理由を聞かれることもしばしばで、そんな時は、B-EN-Gさんというパートナーの存在が大きいことを伝えています。
 これは掛け値なしの事実です。プリセールスでお客さまからの相談に乗るケースなど、初期段階からB-EN-Gさんの担当者がフットワーク軽く同行してくれますし、とにかく業界の事情に精通していて、常に顧客起点で様々な提案をしてくれるので助かっています。お客さまにしても、会話がうまく噛み合うといいますか、一つ話すだけで背景情報まで汲み取ってくれるのでありがたいはずです。その知識量と熱心さには本当に驚かされます。

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羽田:当社のルーツを遡ると東洋エンジニアリングに辿りつきます。そこで製薬メーカーの工場立ち上げなどに携わったことのあるベテラン世代が、その後のB-EN-Gを牽引してきました。プラント建設に特有な用語や流儀が頭に深く刻み込まれていますし、徹底した品質管理やバリデーションの重要性も肌身で理解しています。また、私どもがシステムを納めた企業同士が情報を交換するユーザ会活動がとても活発で、そこでは現場の悩みや課題を直接ぶつけられることも珍しくありません。
 そうして製造業の隅々までを熟知していることと、前線で頑張っている方々の役に立ちたいという強い想い。それらが社のDNAとして脈々と流れているのが我々の強みだと自負しています。

三宅:頼もしいですね。これからも互いに補完しながらタッグを組んでいけたらと思います。また、日本で実証しているこの協業スキームを、他国にもぜひ紹介したいとので、色々と相談に乗ってください。

技術トレンドと規制に合わせて強化する

宮澤:お客さまに有益な提案をしていくためにも、ソフトウェア製品の機能強化や進化の方向性について教えていただけますか。

三宅:まずは技術トレンドに合わせていく、できる限り他社に先駆けて本格採用していくことは重要なポイントです。例えば、主要な機能のクラウドへの移行や、AIの活用などは、優先的テーマとなります。

羽田:市場からのクラウドに対する評価が様変わりしていることは、お客さまとの日頃の会話からもひしひしと感じています。製造業において、かつては「大事なデータはクラウドには上げられない」との考えが多数派でしたが、今は「大事なデータであればこそクラウドに上げるんだ」と声を揃えます。特に大手ほど強くなっている気がしますね。

三宅:仰る通りです。ですから当社としましても、既存の機能群を計画的にクラウドへ移行させ、データの取り込みから解析まで単一のプラットフォームで提供することを目指しています。細かいロードマップは申し上げられませんが、NuGenesisを例にとれば、まずはSDMS(科学データ管理システム)の機能を、その後にELN(電子実験ノート)の機能を順次クラウドへと移行することになるでしょう。もっとも、クラウド一辺倒というわけではありません。中にはオンプレミスでの利用を希望されるお客さまもいますから、色々な選択肢を用意することが求められます。
 そのほか、各種の規制にいち早く対応していくことも重要です。コンプライアンス機能やバリデーション機能を時宜に沿わせることを強く意識し、変わりゆくグローバルの規制に追随することが欠かせません。例えば、昨今の製薬業界で声高に叫ばれている一つに「データインテグリティ」があります。これは、試験に付随するデータが完全で一貫性があり、正確であることを保証すること。患者の安全性確保や医薬品の品質を担保するために、データが信頼に足ることを証明しなければならないのです。一口にデータインテグリティといっても、年を追うごとに、あるいは世間を揺るがす出来事があるたびに内容が強化されますから、NuGenesisをはじめとするソフトウェア製品が適正に対応できるよう速やかなアップデートが必要です。

データ利活用の成熟度が上がらない

羽田:今後の強化の方向性は分かりました。一方で、お客さまの目下の悩みは何なのでしょうか。ヘルスケアやライフサイエンスの未来に想いを馳せる上では、ここをしっかり理解しておく必要がありそうです。

三宅:一概には言えませんが、大手を中心にソフトウェア製品まで導入している企業に目を向けると、データをうまく活用できていないことが課題の上位に挙がりますね。ラボでは分析手法が多様化し、機器も増えています。結果としてデータが急増しているのですが、メーカーごとにデータ形式がバラバラ。一元的に集約して統合するという前処理だけでも思いのほか手間がかかります。
 さらに、いざ分析という段階になっても、実務に役立つ気づきを得るためには、どのような切り口でデータを解釈すればいいのか判然とせず、なかなか現場に定着しないという話が聞こえてきます。

羽田:そのあたりは是非お力添えしたいですね。当社は、製薬メーカーはじめ製造業のお客さまを中心に、基幹業務システム、計画立案システム、製造実行管理システム、ラボ試験情報管理システム、設備連携システム、品質イベント管理システムなどの導入を支援しています。いずれもシステムを入れて終わりということはなく、その後に控えているのがデータの有効な利活用です。実務の現場から色々なデータを取得できれば、例えば需要予測の改善などにも活かせるのですが、最初から一足飛びに理想形には到達できません。
 そこで我々はデータ分析の専門チームを組織したり、実用的なテンプレートを用意したりといった取り組みを進め、お客さまのデータ活用の水準を上げる体制を整えてきました。先に話のあったデータ統合についても、色々な場数を踏んでいますから有効な策をアドバイスできると思います。

宮澤:データをうまく活用すれば、貴社のビジネスにも役立つ可能性がありそうですね。機器の稼働実績を分析することで、保守パーツの交換タイミングを推し量ったり、ラボ全体の運用を最適化する提案に結び付けることができます。つまり、定期的にお客さまを訪問するきっかけを創れることになります。もし、具体的なサービスメニューとして仕立て上げるとしたら、私どもからも色々と提案できそうです。
 
三宅:いずれも興味深いお話です。「データからビジネス価値を」という文脈で多くの経験知をお持ちなので、さらに情報交換しながら協業の機会を増やせたらと思います。

ラボと情報システム部門の橋渡しが必要

羽田:先ほどデータインテグリティの話が出ましたが、昨今はラボだけで完結できないテーマになっており、新たな悩みも出始めているようですね。

三宅:ラボはかつて、機器やソフトを導入する際の予算も窓口も独自に持っていて、“聖域”とも言われていました。一般に、ネットワークやデータが絡んでくると情報システム部門の出番となるものですが、ラボに限っては研究者がサーバーも管理するなど例外的に扱われていました。それがデータインテグリティの規制強化の流れで、ラボは測定に専念して、データインテグリティ要件を満たすための管理は情報システム部門に権限が移りつつあるのが昨今のトレンドです。データインテグリティに関わるプロジェクトをうまく進めるとなると、ラボと情報システム、両方の立場を理解する調整役が欠かせません。

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宮澤:その橋渡しも当社は得意としています。NuGenesisに関わる仕事でラボの実務には十分な土地勘が得られていますし、ERP導入などの案件では情報システム部門や経営企画部門がカウンターパートですから、それぞれの事情や都合も含めて立ち位置を理解しています。実際に、ラボと情報システムの権限分掌に伴うプランニングやコーディネーションを担い、全分析機器のクオリフィケーションレポートを作成した経験もあります。

三宅:「こんな解決策が考えられます」ではなく、「こうやった結果、うまくいきました」だと説得力が違いますね。実績に基づく知見はとても貴重です。

バイオファーマを念頭に事業の幅を広げる

羽田:中長期的な観点では、どのような成長戦略を描いていますか。

三宅:グローバルでの方針として、まずはコアとする事業は今後も継続しつつ、隣接する領域に積極的に出ていこうというのが戦略の柱です。医薬品の分野は低分子から中分子、高分子へという大きな潮流があります。当社もその動きに合わせて製品群の幅を広げていくことになります。
 自社開発に力を注ぐ一方で、M&Aにも積極的に動いています。2023年5月には、光散乱検出技術に強みを持つ米Wyatt Technologyの買収を完了しました。また、米Becton, Dickinson and Company(以下、BD)の「バイオサイエンスおよびダイアグノスティック・ソリューションズ事業」の統合を発表したのは、つい先日の2025年7月のことです。そのバイオサイエンスからは、細胞数や細胞周期、タンパク質の発現量といったものを解析するフローサイトメトリー技術を自社ポートフォリオに組み入れることになりました。
 バイオファーマを念頭に分析機器の幅を広げていくと、当然ながらデータの量も種類も桁違いに増えていきます。それらを有効にハンドリングするにはNuGenesisをはじめとするソフトウェアの力が不可欠であり、我々が貢献できるチャンスもまた拡大すると見ています。そこにフォーカスするために「バイオビジネスユニット」という組織を新設しました。
 また別の軸としては病院市場、つまり医療機関での検査も視野に入れており、先のBDのダイアグノスティック事業の買収はその一環です。軌道に乗るにはまだ時間がかかりそうですが、こちらも「クリニカルビジネスユニット」という専任チームを組織して動き始めています。
 技術進化と規制強化が繰り返される市場はまだまだ伸びしろがあります。我々ならではの価値を提供しながら事業を広げ、人々の健康と福祉に貢献したいと思います。

羽田:手を組み、力を合わせることで、市場にさらなる価値を届けられることを再認識しました。ライフサイエンスの未来に向けて、これからも宜しくお願いします。

企業プロフィール

企業名:日本ウォーターズ株式会社
創立:1973年11月
事業内容:分析機器(液体クロマトグラフと質量分析計)およびその関連製品の輸入、販売、サポート
資本金:4億3000万円
社員数:280名(2024年1月末日時点)

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