セカイのチカラ

ゴースティング?ゾンビング?変化するアメリカBtoB営業の舞台裏

2023.12.26

#アメリカ

米国市場で自社製品をどのように売り込み、ビジネスを軌道に乗せるか――。2023年現在、世界トップの国内総生産(GDP)を誇る米国の巨大市場の開拓は古くて新しいビジネス課題だ。そうした中、ビジネスエンジニアリンググループで2017年に設立された米国現地法人「B-EN-Gアメリカ」では、日本発の製造業向けIoTソリューションの提案で成果を挙げているという。今、あらためて知りたい米国での営業活動の最前線やそのトレンドについて、現地のキーパーソン2人に聞いた。

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高まるスモールスタートのニーズ

――まず、お二人の業務内容について教えてください。

ジョナサン・ブラント氏(以下、ジョナサン氏):セールスとマーケティングの担当として、主に「mcframe SIGNAL CHAIN」(以下、SIGNAL CHAIN)という工場の稼働モニタリングや設備メンテナンスなどの機能を備えたIoTソリューションの提案に取り組んでいます。全米で開かれる展示会にも出展担当として各地に赴いています。

館岡 浩志氏(以下、館岡氏):B-EN-Gアメリカで2018年から代表を務めています。赴任前は新商品企画部におり、当時トレンドとなったIoTの技術を用いて生産現場の改善に役立つIoTツールを企画しました。その延長線上で、SIGNAL CHAINのような日本発のIoTソリューションを米国でも広めることをミッションに取り組んできています。

――BtoB(企業向け)の営業で感じた米国製造業のニーズや日本との違いを教えてください。

ジョナサン氏:システムを提案していく中で、現場が早く使いこなせるシンプルさが求められる傾向が強いと感じます。米国の工場では多様なルーツや学歴の人々が働いているので、高機能で複雑過ぎると使いこなせないことも起きてしまうからです。また、米国ではどんどんジョブチェンジしていくので、早く使いこなせて成果や技能として履歴書に書けるソリューションが好まれる傾向もあるように感じます。

館岡氏:日本の場合、お客さまの要望に応えて製品やサービスが複雑化しやすい傾向があり、分厚いマニュアルが何冊も付くようなことになりがちです。でも、米国のApple社のiPhoneを購入した時を思い浮かべていただきたいのですが、分厚いマニュアルは入っていないですよね。BtoBでもBtoC(消費者向け)でも米国ではシンプル化の傾向があると思います。

――確かにそのような違いは感じますね。B-EN-Gアメリカではどのように米国市場に適応していったのでしょうか。

館岡氏:IoT技術を活用したmcframe IoT製品は企画当初からマニュアルを読まなくても直感的に使っていけるものにすべく、グローバルで使われやすいようなUI(※1)やUX(※2)を製品に落とし込み、開発されてきました。

ジョナサン氏:米国のお客さまは日本企業のサポートについて、正しく伝わる英語を話せるのか、必要な助言をくれるのかを不安に感じている面がありました。なので用件がなくても、お客さまの元にたびたび足を運んで関係をつくり、安心していただけるように努めてきました。

※1 UI(ユーザーインターフェース)=ユーザーとコンピュータの間で情報をやりとりする接点
※2 UX(ユーザーエクスペリエンス)=製品やサービスの利用などを通じてユーザーが得られる体験

――システム提案の営業を行う中で工夫しているポイントを教えてください。

館岡氏:米国ではDXが進んでいますが、製造業ではまだモデルケースが確立されていません。そのため、多額の予算で大規模に初期投資するよりは、スモールスタートによるトライ・アンド・エラーで試行回数を上げながら、正解を探っていくスタイルが好まれています。米国でシステムの営業を行う場合、少なくとも製造業ではスモールスタートのニーズに応える発想は持っていた方がよいと思います。

対面で好反応…後日、音信不通に

――米国での営業活動の難しさについても教えてください。

ジョナサン氏:まず思い浮かぶのは、ゴースティングと呼ばれる現象です。お化けのゴーストから派生した言葉で、突然消えてなくなり、連絡がとれなくなることを指します。展示会など対面では「いいね」「興味深い」と好反応で、その後も導入に向けてやり取りが続く中で、突然メール返信がなくなり、電話も留守電となります。現場での導入日を決めていく段階で連絡がつかなくなったりすることもあり、何か起こったのではと心配になるほどです。

ただ、興味深いことに1~2年後に「やっぱり製品を買いたい」といきなり連絡が来ることもあります。この現象はゾンビになぞらえ、ゾンビングと呼ばれています。最近も、数年前に接点のあった企業から問い合わせをいただきました。必要な時が来ればお客さまの動きは速いので、セールスをすぐに再開できる体制や心構えが大事になります。

―米国でのSIGNAL CHAINのセールスから得られた知見も教えてください。

館岡氏:SIGNAL CHAINは製造業向けのIoTソリューションで、ソフトウエアとハードウエアがセットになっています。例えば、機器の異常などを知らせる信号灯は、日本国内のトップメーカーであるパトライト社のデバイスを採用しています。薄暗い工場でもはっきりと見える視認性の高さや、聞き取りやすいアラーム音など多くの点で高い評価をいただいています。

海外では日本のハードウエアの支持が強い傾向があるため、ソフトウエア単体でなくハードウエアとパッケージ化することで日本企業の強みを生かした訴求ができます。

ジョナサン氏:スモールスタートのニーズに応えるアプローチとして、米国向けに用意したクイックスタートキットを提案しています。SIGNAL CHAINが最小構成で使え、気に入れば追加で設備ライセンスをオーダーしてもらうスタイルです。また、デモンストレーションなどで実際に触れて体感いただき、安心してもらうことが追加発注につながっています。

――確かに米国産のサービスではWebサイトの至るところでトライアルの案内が多い印象です。日本のIT製品に対する顧客の評価をどのように感じますか。

館岡氏:以前に流行した言葉で「攻めのIT」と「守りのIT」という言葉があります。ITを活用することで、前者はビジネスモデルを変革し利益拡大や販売力アップを目指す、後者が既存のビジネスモデルを変更せずにコスト削減や効率化を実現する取り組みです。

米国のお客さまは攻めのITの視点で、ビジネスモデルを大きく転換し課題を根本から解決していくアプローチを好まれるイメージです。当初、そこに守りのIT であるSIGNAL CHAINを提案していく難しさがありましたが、コロナ禍の歴史的な転職率、人手不足、人件費高騰といった状況で、いかに手早く業務を効率化するかということが重要視されるようになりました。IT活用がそれに役立つというのは共通認識となっていますので、米国でも受け入れられやすくなってきたと感じてきています。

――時代の変化の中で守りのITが見直されているということですね。米国のビジネスパーソンの変化はいかがでしょうか。

館岡氏:近年はあまり、「NO(ノー)」を言わなくなったように感じます。展示会でも「この製品は私が求めていたものだよ」などとポジティブなことは口にしても、値段が高いなどネガティブなことはほぼ言わない。そのため、口先の表面上の言葉に流されず、本音を読み取って、お客さまが抱える課題の解決につながるメリットや情報をしっかりと提示していくような、日本で言う「空気を読む」ことが今、米国の営業の現場で求められるようになっている気がします。

「ゴースティング」「ゾンビング」の事象もその一つと考えられますが、本心を見抜くには、関係が良いうちに何度も足を運び連絡を取り、顧客の状況を自分で察知することが重要です。

「一歩踏み込んだサポートを」

――契約成立以降で求められる米国の顧客対応について教えてください。

館岡氏:米国ではシステム導入に際し、外部委託ではなく、なるべく自前でやる文化があります。なので、お客さまの情報システム部門がストレスなく対応できるようなサポートが必要です。そこで杓子定規な対応をしていると嫌がられてしまうでしょう。事情をくみ取って、一歩踏み込んだサポートをすることが重要です。

――米国内に本格的なサポートチームを置くとなると、人件費などが大変ではないでしょうか?

館岡氏:米国は広大な土地ですので、もともとリモート対応への許容度が高かったのですが、コロナ禍でそれがより一般的となったように思います。

そこで、ビジネスエンジニアリングが資本参加しているフィリピンのIT企業「N-PAX Cebu Corporation」(※3)が、米国時間にあわせたサポートをリーズナブルに提供するなど、B-EN-Gの日本本社も含めてサポート対応のグローバルチーム化を進めています。

例えば、米国でお客様から製品に関して詳細な質問を受けた場合でも、夕方、日本側に投げかけておけば、米国の夜中の時間に日本側で回答を用意し、朝にはお客様にお答えできるなど、結果的に時差も有効に活用できています。

※3 N-PAX Cebu Corporation…フィリピンでERP(基幹業務パッケージ)システムの構築などのITサービス提供で20年超の実績を持つ。2023年6月にはビジネスエンジニアリングが追加出資し、出資比率を13.57%に引き上げた。
(出典)https://www.b-en-g.co.jp/jp/news/2023-06-01-news.html

――米国での営業活動で日本企業というポジションは有利に働いていますか。

ジョナサン氏:当初はグローバルな会社であることを印象付けたいと、展示会などで日本的な要素は出さないようにしていました。しかし、お客さまと接していくうちに「日本企業なら信頼できる」と言ってもらえることが多く、日本企業であることを打ち出していくようになりました。

館岡氏:メジャーリーグの大谷翔平選手がホームランを打った際のパフォーマンスでかぶる兜が話題になりましたが、我々はそのパフォーマンスが始まる前から製品展示でIoTデバイスの信号灯に兜をかぶせてきました。日本文化は好まれていますし、そうした場を和ませるアイスブレイクが商談にも役立ってきました。

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展示会のブースの様子。兜で日本ブランドをアピール

「予算権者は誰?」米国のDXの現場

――米国でのBtoBのセールスで現在感じている課題も教えてください。

館岡氏:DXに関する営業の話になりますが、予算の決定権者が見えづらいという悩みがあります。DXを主導するのが事業部門か、情報システム部門か。お客さまによってはDXに特化した部署を置くところもあります。どこにアプローチすれば予算を取ってもらえるか、模索をしながら営業を行っています。

ジョナサン氏:館岡が述べました通り、予算の決定権者が見えづらいため、デモンストレーションや提案を行う際にはなるべく社内のメンバーを集めてもらうようにしています。キーパーソンが分かっていれば少人数が望ましいですが、なるべく多くの人にリーチをしながら、対象を絞っていくイメージです。

――今後、さらにどのような営業活動を展開していくかをお聞かせください。

館岡氏:コロナ禍やその後に続く大転職時代、歴史的な物価上昇など変化の激しい環境で、お客様のビジネスの状況によっては、大きな取り組みは難しい側面もあると思います。すぐに導入できて効果のあげられる効率化ツールの強みが評価されてきているという変化を感じています。

今後、AI活用を含めたDXが浸透していくのはほぼ間違いないでしょう。IoTソリューションを活用しDXに必要なデータを今のうちから蓄積していくことを提案していきたいと思っています。今おかれている難局にお客様とともに立ち向かい、将来を見据えお客様のビジネスに貢献していきます。

(文・共同通信デジタル)
※本記事は2023年11月現在の内容です。

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